2026.01.16
ヌクレオカプシドタンパク質の変異がオミクロンXEC変異株の病原性を高めることを解明 ~新型コロナウイルスの病原性進化に関する新たな分子基盤を提示~(ウイルス学分野 福原 崇介教授、田村 友和准教授、辻野 修平特任助教)
九州大学大学院医学研究院の福原崇介教授、田村友和准教授、辻野修平特任助教、東京科学大学総合研究院難治疾患研究所の高山和雄教授、出口清香講師、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」*3らの研究グループは、新型コロナウイルス XEC 変異株について、そのウイルス学的特性を多角的に解析し、ヌクレオカプシドタンパク質に生じた変異が、病原性の増強に寄与することを明らかにしました。
XEC 変異株は、2種類のオミクロン JN.1 変異株 (以下、JN.1 変異株) 系統の子孫株同士の組み換え現象によって2024年8月ごろに出現し、2025年初頭にかけて世界的に流行した変異株です。XEC 変異株は直前の流行株よりも高い実効再生産数*4を示すことが報告され、世界保健機関 (WHO) により「監視下の変異株 (VUM)」*5に分類されていますが、そのウイルス学的特性やそれらを規定する変異は明らかになっていませんでした。
本研究ではまず、数理モデルを用いた解析により、XEC 変異株の急速な拡大には主としてスパイクタンパク質*6の変異が寄与していることを示しました。さらに、XEC 変異株を祖先株である JN.1 変異株と比較した解析から、抗ウイルス薬に対する感受性や培養細胞・オルガノイド*7での増殖能には大きな差がない一方で、ハムスターモデルでは XEC 変異株が JN.1 変異株より高い病原性を示すことを明らかにしました。
そこで病原性増強の要因を解明するため、点変異*8を導入した遺伝子組換えウイルス*9を用いた解析を行った結果、ヌクレオカプシドタンパク質の R204P 変異が病原性に関与していることを突き止めました。さらに、構造予測および分子生物学的解析から、この変異が NF-κB 経路*10を介した炎症反応を亢進することで、病原性増強に寄与していることを明らかにしました。本研究成果は、新型コロナウイルスの進化と病原性を理解する上で、スパイクタンパク質だけでなく非スパイクタンパク質の役割にも着目することの重要性を示すものであり、今後の変異株の進化予測や病原性評価に資する知見となることが期待されます。
本研究成果は、2025年12月14日 (日) 付で国際学術誌 Nature Communications に掲載されました。
図. ヌクレオカプシドタンパク質 R204P 変異の解析
XEC 変異株で獲得されたヌクレオカプシドタンパク質の R204P 変異は構造変化に伴って、NF-κB 活性化に寄与する。
研究者からひとこと
本研究は、XEC 変異株の拡散がスパイクタンパク質の変異に起因する一方で、非スパイクタンパク質の変異が病態に重要な役割を果たし得ることを明らかにしました。今後の変異株評価では、スパイクタンパク質だけでなくウイルスゲノム全体を捉えた解析が重要になると考えています。(九州大学大学院医学研究院 福原崇介)
ウイルス感染症の制御が困難である要因の一つは、ウイルスが様々に変異しながら進化を続ける点にあります。新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) も、流行の過程で多様な変異株を生み出し、感染力や免疫逃避能、病原性の異なる系統が次々と出現してきました。新型コロナウイルスの研究を通し、ウイルスの進化と流行の原理を理解することができれば、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) だけでなく、将来のパンデミックを含めた様々な感染症の制御に繋がる知見が得られます。
XEC 変異株は2種類の JN.1 変異株系統の子孫株同士の組み換え現象によって2024年8月ごろ出現し、2024年から2025年の冬季に世界中で流行しました。XEC 変異株は直前の流行株であった KP.3.1.1変異株よりも高い実効再生産数を示すことが報告されています。また、世界保健機関 (WHO) により「監視下の変異株 (variants under monitoring; VUM)」に分類されています。しかし、XEC 変異株のウイルス学的特性やそれらを規定する変異については不明でした。
研究グループはまず、XEC 変異株が世界中で流行した要因を明らかにするため、数理モデルを用いてウイルス変異とヒト集団での実効再生産数との関係を推定する解析を行いました。解析の結果、XEC 変異株の急速な拡大にはスパイクタンパク質の変異が寄与することが明らかになりました (図1)。
また、XEC 変異株をその祖先株である JN.1 変異株と比較することによって、そのウイルス学的性状の解明に取り組みました。抗ウイルス薬に対する感受性、培養細胞およびオルガノイドでの増殖能は、XEC 変異株と JN.1 変異株の間で有意な差が認められませんでした。一方で、ハムスターモデルを用いた感染実験により XEC 変異株の病原性を評価したところ、XEC 変異株の病原性が JN.1 変異株よりも高いことが明らかになりました。そこでウイルス強毒化のメカニズムを解明するため、点変異を持つ遺伝子組換えウイルスを作出し、病原性試験を行いました。その結果、ヌクレオカプシドタンパク質の R204P 変異が病原性に関与していることを突き止めました (図2)。
最後に、そのメカニズムを明らかにするため、新型コロナウイルスのヌクレオカプシドタンパク質が NF-κB 経路のシグナル伝達を抑制する機能に着目しました。構造予測により、R204P 変異を有するヌクレオカプシドタンパク質は全体構造が変化し、その機能が阻害されることが示唆されました。そこでさらに解析を行ったところ、R204P 変異が NF-κB プロモーター活性を促進し、その制御下にある炎症性サイトカインの発現を上昇させることが明らかとなりました。
本研究の結果は、新型コロナウイルスの進化がスパイクタンパク質中心から、非スパイクタンパク質も含めた複合的な変化へと移行しつつある可能性を示唆しています。これまでの新型コロナウイルスの進化では、スパイクタンパク質の変異がウイルスの性質を大きく左右してきました。しかし、近年の研究から、スパイクタンパク質の変異による進化の余地が限界に近づきつつある可能性も示唆されています。そのため、スパイクタンパク質以外のウイルスタンパク質が病態に与える影響を理解することが、今後の重要な研究課題です。また、これらの知見は、今後出現する変異株のリスク評価や、病原性を考慮した感染症対策の立案において、重要な基礎情報となることが期待されます。
G2P-Japan は、新型コロナウイルスの進化・流行動態をつかさどる原理の解明に関する研究および出現が続く様々な変異株について、ウイルス学的特性の解析や中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性の研究に取り組んでいます。G2P-Japan では今後も新型コロナウイルスの変異 (Genotype) の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響 (Phenotype) を解明するための研究を推進します。
図1.XEC 変異株の実効再生産数に対する効果の解析
A) ヒト集団での実効再生産数に影響を与える変異の予測。B) 実効再生産数の増加に寄与する変異。XEC 変異株の急速な拡大にはスパイクタンパク質の複数の変異が寄与することが明らかとなった。C) 実効再生産数の低下に寄与する変異。
図2.ハムスターモデルにおける XEC 変異株およびその変異体の性状解析
A) ウイルス感染ハムスターの体重の推移。B) ハムスター肺の病理組織像。ヌクレオカプシドタンパク質の点変異を戻した遺伝子組換えウイルスでは、体重減少や炎症反応が抑制されたことから、この変異が病原性の増強に寄与することが明らかとなった。
- *1 オミクロン (B.1.1.529, BA 系統)
- 新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株 (VOC:variant of concern)」の一つ。オミクロン BA.2、オミクロン BA.5、オミクロン BA.2.86、オミクロン JN.1 などが含まれる。
- *2 ヌクレオカプシドタンパク質
- 新型コロナウイルスの構造タンパク質の一つ。ウイルスの遺伝情報である RNA と結合し、ウイルス粒子の形成や複製に関与している。
- *3 研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」
- 東京大学医科学研究所の佐藤佳教授が主宰する、若手研究者中心の研究コンソーシアム。日本国内の様々な専門性を持つ若手研究者が参画し、多角的アプローチからウイルスの性質の解明に取り組んでいる。現在では、諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
- *4 実効再生産数
- 特定の条件下において、1人のウイルス感染者が平均して何人の二次感染者を生み出せるかを表す尺度。本研究では変異株の流行拡大能力を比較する目的で使用している。
- *5 監視下の変異株 (currently circulating variants under monitoring; VUM)
- ウイルスの特性に影響を与えると思われる遺伝子変異を持つものの、表現型や疫学的な影響の証拠は現時点では不明である変異株。
- *6 スパイクタンパク質
- 新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞と結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。
- *7 オルガノイド
- 幹細胞や組織由来細胞から三次元的に培養された、臓器の構造や機能を部分的に再現した培養モデル。本研究では、ヒト iPS 細胞由来の肺オルガノイドを用いることで、培養細胞よりも生体に近い環境下でのウイルス増殖や薬剤感受性の評価を行った。
- *8 点変異
- DNA あるいは RNA の特定の1塩基が別の塩基に置き換わる変異。
- *9 遺伝子組換えウイルス
- 遺伝子を任意に組み換えたウイルス。法令遵守のもと、任意の変異を持つウイルスを人工的に作出し、性状解析やウイルス学研究に使用する。
- *10 NF-κB 経路
- 炎症や免疫応答の制御に関与する細胞内シグナル伝達経路。NF-κB が活性化されると、その制御下にある炎症性サイトカインなどの遺伝子発現が誘導され、生体の炎症反応が促進される。
本研究は、福原教授らに対する日本医療研究開発機構 (AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 (JP23fk0108617, JP22fk0108516, JP22fk0108511)」、AMED 先進的研究開発戦略センター (SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群北海道シナジーキャンパス (北海道大学ワクチン研究開発拠点)」、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業 (JP223fa827001)」、AMED-CREST (JP23gm1610008)、科学研究費助成事業 (基盤 B、JP21H02736) などの支援のもとで実施されました。
- 掲載誌:
- Nature Communications
- タイトル:
- A non-spike nucleocapsid R204P mutation in SARS-CoV-2 Omicron XEC enhances inflammation and pathogenicity
- 著者名:
- 辻野修平1,2,#、津田真寿美2,3,#、出口清香4,5,#、伊東潤平6,#、Taha Y. Taha7、Hesham Nasser8、Lei Wang2,3、Julia Rosecrans7、鈴木理滋1,2,9、鈴木紗織1,2,9、吉松組子10、Melanie Ott7、池田輝政8、佐藤佳6,8,11,12、高山和雄4,5*、田中伸哉2,3*、田村友和1,2,9,13*、福原崇介1,2,9,13,14*
1九州大学大学院医学研究院、2北海道大学大学院医学研究院、3北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点 (WPI-ICReDD)、4東京科学総合研究院大学難治疾患研究所、5京都大学 iPS 細胞研究所、6東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野、7グラッドストーン研究所、8ヒトレトロウイルス学共同研究センター熊本大学キャンパス、9北海道大学総合イノベーション創発機構ワクチン研究開発拠点、10北海道大学遺伝子病制御研究所、11グラスゴー大学ウイルス研究センター、12デューク・シンガポール国立大学医学大学院、13北海道大学 One Health リサーチセンター、14大阪大学微生物病研究所
(#:共同筆頭著者、*:共同責任著者) - DOI:
- 10.1038/s41467-025-67455-4
九州大学 大学院医学研究院 ウイルス学分野 教授
福原 崇介(ふくはら たかすけ)
TEL:092-642-6138 E-Mail:fukuhara.takasuke.169(at)m.kyushu-u.ac.jp
