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2026.02.27

心臓の拍動を生み出す回路の設計図を解明 ~体の左右を決める情報が、心臓の中で背腹方向の位置情報に読み替えられることを発見~(発生再生医学分野 目野 主税教授、松岡 良平助教、九州大学病院 心臓外科 城尾 邦彦助教)

ポイント

  • 心臓が律動的・協調的に拍動するために不可欠な刺激伝導系*1が、なぜ特定の位置に形成されるのかを解明
  • 臓器の左右非対称性を担う「左右軸」の情報が、心臓形成過程で局所的に「背腹方向の位置情報」に転換されることを発見
  • 先天性心疾患に伴う重度不整脈の発生機構の理解につながる成果

概要

心臓の拍動は、房室結節*2、房室束*3などからなる刺激伝導系によって制御されています。房室結節や房室束は、発生の途中で心臓の「房室管*4」や「心室間リング*5」と呼ばれる領域から形成されることが知られていましたが、なぜ心臓の特定の位置に正確に配置されるのかは長年不明でした。

九州大学病院 心臓外科の城尾邦彦助教、同大学院医学研究院 発生再生医学分野の松岡良平助教、京都府立医科大学大学院医学研究科の八代健太教授、九州大学大学院医学研究院 発生再生医学分野の目野主税教授らの研究グループは、体の左右を決める「左右軸」が、心臓形成の過程で局所的に「背腹方向 (頭尾) の位置情報」へと読み替えられることで、刺激伝導系の位置とその連続性が決定されることを、マウスを用いた解析により明らかにしました。本研究は、左右軸という全身的な情報が、心臓内部で局所的な位置情報として再利用される仕組みを示したものです。

左右性の異常を特徴とする先天性心疾患は、刺激伝導系の異常を伴いますが、今回の発見でこの理由が明らかになりました。今後は、様々な刺激伝導系異常に関する理解と再生医療への応用に役立つことが期待されます。

本研究成果は、2026年2月24日付で科学論文誌 JCI Insight に掲載されました。

研究者からひとこと

田原淳博士が刺激伝導系を発見してから120年が経ちましたが、その発生の仕組みには未解明な点が残されていました。本研究は、刺激伝導系がどのように心臓内の正しい位置に配置されるのかを、発生学的に説明するものです。鍵となる Pitx2 は、体の左右を決める働きを持つ転写因子で、これまで左側における洞房結節の発達を抑制することが知られていました。本研究により、Pitx2 による左右軸情報が心臓形態形成に伴って再解釈され、房室伝導路の配置原理として利用されることが明らかになりました。(九州大学 目野主税)

研究の背景と経緯

心臓学は、1906年に九州大学 医学部 病理学教室の初代教授である田原淳博士が、ドイツ留学中に房室結節 (田原結節) と刺激伝導系を発見・報告したことで開花しました。田原博士の成果は、現在でも色褪せることなく心臓学の基礎となっています。

その後、房室結節と房室束からなる刺激伝導系 (房室伝導路) が、発生過程の心臓の房室管や心室間リングから形成されることは明らかになりましたが、「なぜその場所に形成されるのか」という根本的な問いは未解決のままでした。一方、内臓の左右非対称性に異常が生じる内臓錯位症候群では、重度の不整脈が高頻度に見られることが知られており、左右軸と刺激伝導系形成の関係が示唆されていました。

研究の内容と成果

本研究では、左右軸形成を制御する遺伝子 (Lefty1, Cryptic) の変異マウスを解析し、刺激伝導系の形成過程を詳細に調べました。その結果、心臓形成前に確立された左右軸の分子情報が、心臓の形態形成に伴って局所的に「背腹方向 (頭尾) の位置情報」として再解釈されることが明らかになりました。

初期胚において転写因子 Pitx2 は左側の側板中胚葉*6で発現し、その後の左右非対称な臓器形態形成を担います。本研究で、左側の側板中胚葉に由来する心筋細胞が、心臓の形態形成に伴って房室管と心室間リングの頭腹側に配置され、この領域で持続発現する Pitx2 が刺激伝導系の発達を抑制することが分かりました (図1)。その結果、Pitx2 が発現しない尾背側領域では刺激伝導系が発達し、房室伝導路が心臓内の正しい位置に配置・連結されることが示されました。左右の情報が乱れると、この局所的な背腹情報が破綻し、房室伝導路の位置異常や断裂が生じ、不整脈の原因となることが分かりました (図23)。

今後の展開

本研究成果は、先天性心疾患に伴う刺激伝導系異常や重度不整脈が、どのようにして発生するのかを説明する理論的基盤を提供します。今後は、ヒトの先天性心疾患における刺激伝導系異常の理解や、診断・治療戦略の改善、心臓の再生医療研究の基盤となることが期待されます。

参考図

図1 受精8日目のマウス胚 (左図) と受精10日目のマウス心臓 (右図) の模式図

受精8日胚は腹側から、受精10日心臓は前頭断面を腹側から眺めている。心臓内の緑色は心室間リングの一部を示す。紫色は Pitx2 を発現した左側側板中胚葉の細胞系譜であり、房室管 (青色) と心室間リングの頭腹側で Pitx2 が発現する。

図2 受精18日目野生型と Cryptic–/– 胚心臓の刺激伝導系

歩調取り電位 (心拍リズムを生み出す、ゆっくり変化する膜電位) を担う Hcn4 の遺伝子発現で刺激伝導系を可視化している。左右軸が確立できず Pitx2 を発現しない Cryptic–/– 胚 (Cryptic 遺伝子をホモ欠損させた胚) では、両側性に洞房結節が発達し、前方洞房結節が出現していることが分かる。

図3 右側から観察した房室伝導路のモデル図

正常な個体では頭腹領域で発現する Pitx2 が刺激伝導系の発達を抑制するが、内臓錯位症候群では左右軸異常のタイプに応じて刺激伝導系の発達抑制が異常となり、重度の不整脈を引き起こす。

用語解説

*1 刺激伝導系
心臓の拍動を制御する電気信号の通り道の総称。洞房結節、房室結節、房室束、プルキンエ線維などから構成される。ペースメーカーである洞房結節が生み出した律動的な電気信号を、心房から心室へと正確な順序で伝えることで、心臓の協調的な拍動を可能にしている。
*2 房室結節
心房中隔の背側基部に位置する刺激伝導系の一部。心房で発生した電気信号を一時的に遅らせて心室へ伝えることで、心房と心室が順序よく拍動するよう調整している。
*3 房室束
房室結節から心室へと電気信号を伝える伝導路。左右の脚に分かれ、心室全体へと刺激を広げる。
*4 房室管
発生初期の心臓に存在する心房と心室をつなぐ管状の構造。房室結節などの刺激伝導系が形成される領域を含む。
*5 心室間リング
発生初期の左右心室がまだ連続している時期に、原始心室中隔の上縁を取り囲むように存在する輪状の領域。後に房室束など刺激伝導系の一部が形成される。
*6 側板中胚葉
初期胚の左右両側に、頭尾軸に沿って板状に広がる中胚葉。のちに心臓、消化管の平滑筋、漿膜などを形成する。

謝辞

本研究は、文部科学省 日本学術振興会 科研費 (JP17H01571, JP25K02625, JP25K11130)、内藤記念科学振興財団の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:
JCI Insight
タイトル:
Cardiac conduction system malformations in heterotaxy result from dysregulated Pitx2 expression
著者名:
Kunihiko Joo, Ryohei Matsuoka, Keiko Kitajima, Kenta Yashiro, Akira Shiose, Ryuji Tominaga, Michael M. Shen, Shinya Oki, Chikara Meno
DOI:
10.1172/jci.insight.199072

お問合せ先

九州大学 大学院医学研究院 発生再生医学分野

教授 目野 主税(メノ チカラ)

TEL:092-642-6259 FAX:092-642-6260 E-Mail:meno.chikara.727(at)m.kyushu-u.ac.jp

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